ねぶたの鈴

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ねぶたの鈴については 定説がないようですが
落ちた鈴には幸運がついている と言われるようになっているようです。
それで 観光客はそれを欲しがる。
鈴は 跳人の衣装の一部でしょう。
祭りの中で落ちてゆく鈴にこだわりがあるのではなく
それをめぐってのトラブルに不快な気持ちがあるようです。
ねぶたとともに 囃子、跳人たちが 災いを跳ね飛ばした後 落ちた鈴には幸運だけが残る。
そういう思いがあるようです。

さて それではこうして売られている鈴は何なのか。
観光客が記念に買い求めるためのものであって
アルバイトとして売り歩いている子たちの お小遣いの一部にでもなるのでしょうか。
ひとつ、クマよけ鈴も兼ねた意味で かみさんが買い求めていました。

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肖像権の許諾 すべて取っているわけではないのだけれど
こういうの どうなのでしょう。







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Commented by twtrf2 at 2018-08-05 21:13
興ざめ
Commented by kinokoji at 2018-08-05 23:32
twtrf2さん
時代背景の変化に伴って 祭りの持つ意味が変質してしまうのは 仕方がないとは思います。とくに社寺関係の主催ではなく 市民の祭りを維持してゆくことは とても苦労のいることでしょう。繰り返しくりかえし祭りの意味をそれぞれが思い描いて行き続けるほかないでしょう。祭りは人々の思いの交歓だから。
この鈴のこと、今どきの商業主義的な現象の一部と見ることもできるけど、ここに現れる気持ちは 祭りの本質にもつながるように思えます。どのようになってゆくのでしょう。
Commented by knos3 at 2018-08-06 08:33
祭りは江戸時代に商人の発達とともに盛大になってきたものですから、経済の影響なしには語れません。

祭りは本来、氏子が奉納するものですから豊かな氏子さんがいて成り立つものです。祭りがつづいて欲しいならば、見る側としては、ただで見せていただくお礼の気持ちをなにかでお返ししたいと思うのは自然なきもちなのでは・・・。商店街で買い物するとか、食事をするとかでも、地元にお金が落ちます。

某所の祭りでのこと、商店街から集まった寄付でお神酒を買うのに、安いからと遠くのディスカウントストアで買う人達がいたらしい。モノで奉納すればいいのでしょうが、お金に置き換わると、いろいろとやっかいなことになるようです。
Commented by kinokoji at 2018-08-06 23:02
knos3さん
祭り というと神社関係が絡んでくる経験が多く、商店街の祭りはどうも胡散臭いという、これはもう私の勝手な感想なんですが、それをいったん止めて、祭りに集う人々の想いに目を向けるとき 祭りの在りようが見えてくるようにも思えるのですが。
by kinokoji | 2018-08-05 15:56 | 世の中の事象 | Trackback | Comments(4)